数の単位

9月 13th, 2015 | Posted by miacis in Whatsnew - (0 Comments)

一、十、百、千、万、億、兆・・・とみなさんはどこまで数え方を覚えていますか?恐らくスパーコンピューターで有名になった「京」まではわかる人も多いと思います。という私は子供頃にそろばん塾に通っていたのですがその教室に書かれていた「無量大数」というところまでは暗記して覚えていて実は成人になり宇宙の数式を勉強し始めるまではこれが日本の数字単位の上限と思っていました。恥ずかしい。

実は日本語で表記できる最大数は1の後ろに「0」が37218383881977644441306597687849648128個もつくのです。

あ〜数え切れない。とお思いでしょう、0の数を数えるためにも「京」以上の単位の知識が必要です。

この読み方は

37澗2183溝8388穣1977秭6444垓4130京6597兆6878億4964万8128です。

といってもピンと来ませんね。私もです。では一覧に記載します。

 
 
 
 
 
 
 
(けい)
(がい)
(じょ)
(じょう)
(こう)
(かん)
(せい)
(さい)
(ごく)
恒河沙 (ごうがしゃ)
阿僧祇 (あそうぎ)
那由他 (なゆた)
不可思議 (ふかしぎ)
無量大数 (むりょうたいすう)
洛叉 (らくしゃ)
倶胝 (くてい)
阿ゆ多 (あゆた)
那由他 (なゆた)
頻波羅 (びんばら)
矜羯羅 (こんがら)
阿伽羅 (あから)
最勝 (さいしょう)
摩婆羅 (まばら)
阿婆羅 (あばら)
多婆羅 (たばら)
界分 (かいぶん)
普摩 (ふま)
禰摩 (ねま)
阿婆詹 (あばけん)
弥伽婆 (みかば)
毘ら伽 (びらか)
毘伽婆 (びかば)
僧羯邏摩 (そうがらま)
毘薩羅 (びさら)
毘贍婆 (びせんば)
毘盛伽 (びじょうが)
毘素陀 (びすだ)
毘婆訶 (びばか)
毘薄底 (びばてい)
毘きゃ擔 (びきゃたん)
称量 (しょうりょう)
一持 (いちじ)
異路 (いろ)
顛倒 (てんどう)
三末耶 (さんまや)
毘睹羅 (びとら)
奚婆羅 (けいばら)
伺察 (しさつ)
周広 (しゅうこう)
高出 (こうしゅつ)
最妙 (さいみょう)
泥羅婆 (ないらば)
訶理婆 (かりば)
一動 (いちどう)
訶理蒲 (かりぼ)
訶理三 (かりさん)
奚魯伽 (けいろか)
達ら歩陀 (たつらほだ)
訶魯那 (かろな)
摩魯陀 (まろだ)
懺慕陀 (ざんぼだ)
えらい陀 (えいらだ)
摩魯摩 (まろま)
調伏 (ちょうぶく)
離きょう慢 (りきょうまん)
不動 (ふどう)
極量 (ごくりょう)
阿麼怛羅 (あまたら)
勃麼怛羅 (ぼまたら)
伽麼怛羅 (がまたら)
那麼怛羅 (なまたら)
奚麼怛羅 (けいまたら)
べい麼怛羅 (べいまたら)
鉢羅麼怛羅 (はらまたら)
尸婆麼怛羅 (しばまたら)
翳羅 (えいら)
薜羅 (べいら)
諦羅 (たいら)
偈羅 (げら)
歩羅 (そほら)
泥羅 (ないら)
計羅 (けいら)
細羅 (さいら)
睥羅 (へいら)
謎羅 (めいら)
娑ら荼 (しゃらだ)
謎魯陀 (めいろだ)
契魯陀 (けいろだ)
摩睹羅 (まとら)
娑母羅 (しゃもら)
阿野娑 (あやしゃ)
迦麼羅 (かまら)
摩伽婆 (まかば)
阿怛羅 (あたら)
醯魯耶 (けいろや)
薜魯婆 (べいろば)
羯羅波 (からは)
訶婆婆 (かばば)
毘婆羅 (びばら)
那婆羅 (なばら)
摩ら羅 (まらら)
娑婆羅 (しゃばら)
迷ら普 (めいらふ)
者麼羅 (しゃまら)
駄麼羅 (だまら)
鉢ら麼陀 (はらまだ)
毘迦摩 (びかま)
烏波跋多 (うはばた)
演説 (えんぜつ)
無尽 (むじん)
出生 (しゅっしょう)
無我 (むが)
阿畔多 (あばんた)
青蓮華 (しょうれんげ)
鉢頭摩 (はどま)
僧祇 (そうぎ)
(しゅ)
(し)
阿僧祇 (あそうぎ)
阿僧祇転 (あそうぎてん)
無量 (むりょう)
無量転 (むりょうてん)
無辺 (むへん)
無辺転 (むへんてん)
無等 (むとう)
無等転 (むとうてん)
不可数 (ふかすう)
不可数転 (ふかすうてん)
不可称 (ふかしょう)
不可称転 (ふかしょうてん)
不可思 (ふかし)
不可思転 (ふかしてん)
不可量 (ふかりょう)
不可量転 (ふかりょうてん)
不可説 (ふかせつ)
不可説転 (ふかせつてん)
不可説不可説 (ふかせつふかせつ)
不可説不可説転 (ふかせつふかせつてん)

多くのサイトで「無量大数」が最大値としていますが実はこんなにその先があるのですね。さすがにこれは覚えていません。

世界での最大単位は?というと「グラハム数(Graham's number) 」というのがそれにあたります。
一日中「0」を書き続けても書ききれません。
こんな数字無限大としちゃえばいいのにと思うほどですが、無限大と実数は全く異なりますから生まれたのでしょうが、こんな単位をよくもまあ考えたな〜、余程暇だったのかな〜?と思ってしまいますね。

 

 

量子コンピューターとはなんぞや?と疑問を持たれる人もお客に聞かれて急いで調べるという方もいらっしゃるでしょう。たまたま私は宇宙論が好きで一般相対性理論や特殊相対性理論とカジって来ていましたが宇宙という広大な世界を理解するために必要となった量子力学にも興味を持ち彼此10年以上独学で学んできました。そこに最近になって話題となってきた量子コンピューター。量子力学を学んでいたお陰で以外とすんなり理論的に理解することができました。

量子コンピューターとは何か。

従来のコンピューター(現在市販されているコンピュータ)の(たぶん)100%は同時計算はできません。タスクを同時に処理している様に見せかけてはいますが実際は10のタスクを投げた場合、10のタスクをA,B,C,D,E,F,G,H,IJとしてそれぞれを例えば10当分します。
A1〜A10、B1〜B10・・・、という様に100のタスクになり、A1の次にB1、C1、D1というぐあいに処理しています。結果実際は並列処理は行われていません。これが従来のコンピュータという訳です。

では量子コンピュータではどうか、並列処理が可能なのです。ここに登場するのが量子です。といってもピンと来ませんよね?
原子はご存知と思います、その原子は原子核とその周囲を回る電子などから構成されています。(もっと細かく書きたいところですが長くなるので省略)この電子が現実的に私たちが理解できる様な振る舞いをしません。さ〜ここから訳の分からない量子の世界に入ります。

コペンハーゲン解釈された電子の振る舞い(2重スリット実験の結果の解釈)
観測していないとき、コペンハーゲン解釈では実際に同時に複数箇所に電子が存在している。
観測していない状態の時は雲の様に原子核の周囲を覆っているが、観測した瞬間に一つの粒子となる。
観測していないとき粒子は波であり、観測した時点で一つの点になる。
なんのこっちゃ?とお思いでしょう、ここには書ききれないのでキーワードをググってみてください。
シュレディンガーの猫などもこのパラドックスを野次った表現として有名で面白いのでググってみてくださいね。

電子がいつどこに存在するかの確率(シュレディンガー方程式:波動関数)を使い量子力学上の電子の「重ね合わせ」状態を利用している。
素子2つで22 素子3つで23 と増え素子32個で40億の同時計算が可能になります。
従来のコンピュータではbitが最小単位。
量子コンピューターではquantumbit(キュービット)が最小単位として用いられます。

要は、従来のコンピュータではいくら台数を増やしても足し算にしかならない同時処理計算が、量子コンピュータでは乗算で処理能力が増えていくという訳で、例えて言うなら、現代のスパーコンピューターでも数百年、数千年かかる計算がたったの数分や数時間でできてしまう。これが量子コンピュータです。

そこで問題に浮上するのが現代のセキュリティです。頻繁に「暗号化」という言葉を耳にすると思います。
この暗号化されたデータですが実は解けない訳ではありません。皆さんがネットでカード情報や個人情報を入力して買い物をされる際に大抵のサイトがこの暗号化技術を利用しています。暗号化といっても多様存在しますがすべてアルゴリズムにそって文字が書き換えられている訳ですから素因数分解することで元の入力した文字が浮かび上がります。が、しかしこの素因数分解で解を出すのに現代のスーパーコンピュータを駆使してでも「数千年はかかるから大丈夫?」というのが暗号化です。さて、先ほど簡単にご説明した量子コンピュータ、この数千年かかるはずの素因数分解を数分や数時間で解いてしまうから大変なことが起こります。

現在稼働中の暗号化技術のほぼすべてが量子コンピュータの登場とともに崩壊するのです。一般的なショッピングサイトのセキュリティ、企業の情報セキュリティ、VPN、各国のインターネットに接続された国家機密、新たに施行されるマイナンバー制度のセキュリティ。そうすべてと言っても過言ではないほど現在の暗号化は崩壊します。

量子コンピュータの開発と同時に次世代の暗号化も開発されるでしょう、是非次世代暗号化が先に開発されてほしいものですね。

 

ミャンマーの田舎道

4月 1st, 2015 | Posted by miacis in Whatsnew - (0 Comments)
ミャンマー、メイミョウの道

ミャンマーの道 に関する画像をアップします。

田舎に行くとまだまだ未舗装、という言葉よりは未舗装の道路の方が多いことが分かる。
乾季には砂埃をあげて子供達も顔を布や手で覆いながら歩いていく姿が印象的。ここまで田舎にくるとヤンゴンの様にサイカーや車のタクシーは稀にしか目にせず、乗り合い馬車がある程度で日本人の目には一瞬観光用?とか思ってしまうが実は生活に密着した馬車なのである。

タウンジー郊外の道タウンジー郊外の道ミャンマーはタウンジー郊外の道ミャンマー、メイミョウの道ミャンマー田舎道ミャンマーの路地

 

ミャンマーレポートその3

11月 30th, 2013 | Posted by miacis in Whatsnew - (0 Comments)

ミャンマー最大の野菜市場

Thri Mingalar市場という野菜市場を訪れてきました。
ここの市場では果物と野菜が当たり前ですが中心で他には川魚の干したものや工芸品も少々、洋花や菊なども売られています。
Thri Mingalar市場
市場の中心、野菜は地元産が大半を占めていますが品種改良が進んでいないのかあまり海外の品種は無く少々貧相に見える野菜が多い印象を持ちました。日本からの種苗が入っていると話は聞いていましたがその姿はこの市場では皆無あまり浸透していないのでしょう。
価格は日本の1/10から1/5が大半ですが何故か国内で取れるバナナは日本と変わらない価格で驚きでした。オススメはドラゴンフルーツやマンゴこれは旨かったです。
野菜全体の印象としては大味の物が多く白菜など葉物や根菜なども小ぶりのものが多い様に見受けられました。
Thri Mingalar市場そうそう、トウガラシは品種は分かりませんが小ぶりで青々として新鮮です。食べるとやはりメッチャ辛い!ですがまだ我慢すれば食べられる辛さ。ミャンマー料理のサラダの様な料理にそのまま入っていたりします。

 

Thri Mingalar市場
豆類は種類も豊富で朝とれたものでしょうかとても新鮮なものが多く質も良いように見受けられましたもちろん量り売りですがすごく適当な量り売りでしたね。ま、そんなものでしょう。

 

大きくてとにかく目につくのははやりこれ
Thri Mingalar市場
スイカの品種は何種類かありました。レストランで食べましたがスイカらしい水々しさはありましたが甘さはいまいちという感じ。でも美味しかったです。
 
果物の方に眼をやると地元産と思えるもの半分、中国産と思えるもの半分という比率で中国から随分と多くの果物が入って来ていることが分かりました。販売している人も中国の方は多かったですね。
Thri Mingalar市場
ここThri Mingalar市場は人も品も豊富で活気がありヤンゴンの人達の胃袋を支える中心になっています。量的には想像していたよりもはるかに多くの人と商品とが溢れ街中を走るトラックの量に反比例して物流量が多いことを伺い知ることが出来ます。
Thri Mingalar市場
そして客待ちをする商売人の方の手にはスマホ。日本と変わらぬ風景がそこにはありました。
 
つづく・・・
 

ミャンマーの孤児院

ミャンマーの孤児数は正確には把握されていないようですが民主化になった今でも多くの孤児たちが生まれています。ミャンマーでは寺院が孤児院を運営しておりその食費や生活費を含む全てが寺院に寄せられる募金で成り立っています。

ミャンマーに滞在中はレストランで食事をしているときも喫茶店で打ち合わせをしていても僧侶が来ては募金を即されますがこうした孤児の育成に使われることを理解して是非募金してあげてください。

ヤンゴン市内孤児院

私が孤児院(寺院)を訪れた時はちょうど昼食を終えたときでした。
もっと暗いイメージをしていましたがそれとは異なり子どもたちは皆一様に明るく笑顔が多く見れました。
ここの孤児院では下は0歳から上は大学卒業まで面倒を僧侶たちが見守り育まれています。この孤児院は男子専用で何とここだけで500名、別施設で女性専用の孤児院も抱えそちらには300名の孤児が居るそうです。合計800名にもなる子供たちの生活費すべてを寺院が募金で賄っているとは感慨深いものがあります。

ヤンゴンの孤児院

でもちょっと視点を変えるとこんなことも思いました。
それは、両親健在でも貧困家庭の子供たちは路上で新聞を売り歩いたり花を持って交差点に立っていたり、平日の昼間、普通ならば学校に通っている時間のはずが家計を支えるために幼い子供が商売をしている光景があちらこちらで目につきます。こうした貧困家庭の子供たちよりは孤児院にいる子供たちの方がうがった見方かもしれませんが幸せなのかも知れません。

孤児院にいる子供たちの瞳は青年といえる年齢の子でも輝いており素直な子に育てられているという印象を受けました、近い将来のミャンマーの担い手の一部はこうした孤児院育ちの子供たちなのだろうと感じた孤児院訪問でした。

ミャンマーへ旅をされた際には是非ともこうした孤児院を訪ねてみてください。

つづく・・・